もう、日の出の時刻は過ぎていたが、鬱蒼とした森の中には殆ど光は入ってこない。
夜露に濡れた草はわずかな光を反射して時々きらきらと光る。
森の中の生物たちはまだ覚醒していないのか、特有の静けさが広がる中、1つの足音だけが大きく響く。
1歩足を踏み出す度に足首まで簡単に覆い隠す草が鳴る。
歩く事によって受ける風に乗って、湿った土の匂いが鼻を くすぐる。
足早に歩くその1つの足音は、何処となく乱れていた。
小さく響く息遣いも疲労のせいか少し荒かった。
何度か足元を確認しながら歩いているせいで顔にかかる髪をかき上げて、その人物は浅い息を吐く。
その様子を見て、ずっとその人物の隣を行く者が話し掛けた。
「迂闊だったな。まさかあんな時に来るとは思わなかった。」
落ち着いた、女の声だった。
隣をずっとついて行くそれは、全く足音を立てていない。
歩いていないのだ。
宙に浮き、飛んでいるのである。
見れば足先の方は半透明の様になっていて、おぼろげな輪郭を描いている。
「卑怯なのはあの女の得意分野だもん。人が寝てる時でも来る時は来るよ。
でも、沢山の人に寝ている姿を見られたのはむかつくけど」
話し掛けられたその人物は、視線をそれに向け、不満そうに語った。
「不満か?」
「うん。無防備な姿を見られるのは好きじゃないからね」
そう言いながら歩調を緩めずに歩いていると、段々辺りに日が差し込むようになった。
前方を向くと、もう少し先に一応の出口があり、そこから光が入って来ている。
森の外は中との明るさの違いでよく見えない。
「出口だ」
しかしずっと森の外を目指して歩いていたので半無意識的に呟いた声には僅かな喜びが滲んでいた。
暗い森から出た瞬間、太陽の光の眩しさに思わず目を細める。
太陽はもう既に地平線から全身を覗かせていた。
この辺りは山の中腹に位置していて、下の土地から随分と高い場所にあった。
その人物が辿り着いたここは、すぐ先がほぼ垂直な崖になっていた。
その崖の遥か下には山の形に沿う様に清流が続いている。
眼下には街が広がっていた。
崖のぎりぎりに立ち、その人物は暫くの間この景色を眺めていた。
自分のいる場所や、周りに広がる新緑に囲まれた山々。太陽の光が当たり煌くような緑。
耳を澄ますと聴こえてくる川の流れ。鳥たちのさえずり。
薄い白い靄がかかっているように見える街並。水彩画の青を塗ったような澄んだ青い空。
溜息が出る様な美しい朝の光景だった。
声もなく眺めていたその人物の顔に小さな笑みが浮かぶ。
こうして立っていると、自分はここにいるのだと実感出来るような気がしてならない。
「この後はどうするんだ?」
同じ様にこの景色を眺めていたそれが、不意に話しかけた。
その人物は自分の思案を邪魔された事に機嫌を悪くする事もなく振り返った。
一瞬考える顔になったが、相変わらずの決断力の早さで何をするのか決めたらしく、不敵な笑みを浮かべた。
よく周りに見せている、その人物らしい笑みだった。
「少し、休む事にするよ。流石にちょっと疲れたからね。あそこなんていいんじゃない?」
そう言ってその人物が指差した場所に視線を向け、それは微かに首を捻る。
「あんな近くでか?」
「近くだからいいんだよ。まさかこんな近くで休むとは思わないでしょ?」
「確かにそうかもしれんな。我々は今までこんな近くで留まった事はないからな」
元々その人物に反対する気は全くなかったそれはあっさりと頷いた。
自分が仕えるこの美しき主が疲れをとれる場所なら基本的にどこでも良いのだ。
ただ自分の意見を言うとするなら、今夜やって来た奴らに見つかりにくい場所にして欲しいと思っていた。
それに目的の場所はやつらには余り好まれない所でもある。
好都合だった。
「ふふ、じゃあ行くよ?」
隣にいるそれに向かってその人物が笑いかける。
その人物本来の甘い魅力を秘めた不敵な笑みだった。
そして、それが答えるよりも早く、その人物は空中に身を躍らせていた。
下へと落ちたと判断するよりも早く、それも同じ様に崖から身を投じる。
遥か下で大きな鳥が翼をはばたかせた様な音が響いた。



きりがいい所がなかったんで今回は長めになりました。
それともこのくらいが普通の方がいいのでしょうか?
とりあえず、次で序章が終わるので、次は凄く短いです。
物凄く長くなりそうな気がするんですが、無事に完結させる事が出来るのかどうか・・・










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