「あら、今日も屋上に行くの?」 そう声を掛けられて笑顔で答えた。 天気の良い日は屋上へ行く事が多いので、この台詞を言われるのもほぼ日課になっていた。 毎日白い部屋に横になり、窓に切り取られた景色しか見られない日々には辟易していたからだ。 自分の身体は何とかこの敷地を歩く事が出来る位の体力はあったので、 どうせ変わり映えのない場所から動けないのなら何にも遮る物がない場所から景色を見たかった。 初めて屋上に行った時は、眼下に広がる景色に思わず見入ってしまったくらいだ。 生まれてからずっと都会に住んでいた自分にとって、自然の環境に囲まれた此処はまるで別世界だった。 この建物は他の場所よりも高台に建っているので、尚更景色が良く見える。 下に広がっていたのは緑と家々が不思議とうまく混在して、建物に隣接するのは山へと繋がる広い森。 遠くへ視線を転ずると、青々とした緑に覆われた山々。 本当に美しい光景だと思った。 元々緑に囲まれた場所自体は好きだったので、すぐにこの景色が気に入り、 天気が良くて体調の良い日は必ずと言っていい程足を運んでいた。 今の時間帯は人がちょうどいない筈だったが、屋上へと通じる階段を手摺りを使って登りきった時に 微かに開いたドアの隙間から話し声が聞こえた。 聞いてはいけないのかもしれないと思いつつ、つい好奇心に勝てず耳を傍立てた。 「・・・どれ位滞在するつもりだ?」 「んー・・・そうだなぁ、此処の景色もなかなかだし、飽きる迄かな?」 「その前に奴らが来るんじゃないか?」 「ふふ、彼らはすぐには来ないよ。この建物自体はあまり心地良いものじゃないからね」 何とか声は聞こえたものの、はっきり言ってどんな会話をしているのかさっぱり判らなかった。 好奇心も手伝い、さらに詳しく会話を聞こうとして鉄製の扉に身体を近づけようとしたが、 身体のバランスを崩して、思い切り扉に体重を掛けてしまった。 その結果、当然のように扉は音を立てて開き、自分の身体も逆らう事なく転がるように屋上側へと倒れてしまった。 「っ!?」 会話をしていた人が驚いたようにこちらを振り返るのが見えた。 その反応は当然だろうと思う。 突然けたたましい音と共に扉が開き、人が転がり込んできたのだから。 これ以上失態を見られない為にも、とにかくこの場から立ち去ろうとしたが、振り返った人物が立っている場所を見て目を見張った。 誤って屋上から落ちるのを防止する為に作られているフェンスに立っているのだ。 「うわっ!あっ、あっ、危ない!」 「え・・・? ・・・・・・っ」 振り向いた時にバランスを崩していたのか、それとも発せられた声に驚いたのか、その人物はフェンスから足を滑らせてしまった。 それなりに高さがあるので悪くすれば骨折の可能性だってある。 間に合わないと分かりつつも何とかしなければと思い、立ち上がって走り出そうとした。 しかし、屋上に叩き付けられる筈のその人物はまるで猫の様に身体を捻り、何事もない様に着地した。 そしてその時になって初めて、逆光でよく見えなかったその人物の姿をまともに見た。 「・・・・・・」 その姿に思わず息を呑んだ。 見た事もない程綺麗な人だった。 風に揺れる長い薄茶の髪は太腿まで届き、光が当たる部分はきらきらと光っているようにも見える。 滑らかな肌はぬける様に白く、唇は淡い朱色である。 顔立ちからは性別がどちらなのか判断がつかない。 強く抱き締めたら簡単に折れてしまいそうな程華奢な身体の上には、当然のように小作りな顔が乗っている。 その造形はあまりにも完璧で、一瞬人間ではないのかと疑う程の妖艶な美貌を誇っていた。 まるで天使のようだと、柄にもなく、しかし本気でそう思う。 けれど儚さそうな姿に華やかな雰囲気を与えているのは、その瞳だった。 空よりも海よりも、宝石さえも見劣りする様な印象的な蒼い瞳だった。 その人物の斜め後ろに一緒にいた女性が控える様に立っていたが、その時の自分は全く気付いていなかった。 「ちょっと、急に大声出されたら危ないじゃん。 ・・・ねぇ、聞いてる?」 「・・・天使・・・」 「・・・・・・」 見事に着地した人がちょっと怒った様な声で話し掛けてきたのを頭の端で聞きながら、自分は譫言の様に呟いていた。 そして初めてまともに聞いた声でその人物が男であると悟った。 女の声ではないが、凛とした、男にしては高めの声である。 そしてその言葉が自分に向けられた言葉だと気付くとくすくす笑い始める。 「大丈夫?もしかして転んだ時に頭でも打った?この世の中に天使なんている訳ないじゃない」 笑いながらそう言われて、漸く自分は我に返った。 「そ・・・そうだよな・・・」 男だと分かっても、その美しさに見惚れてしどろもどろになりながらも何とか言葉を発する事が出来た。 じっとその人物を凝視していると、後ろに控えていた女性がそっとその人物に話しかけた。 それを見て、やっと自分は女性の存在に気付いた。 しかし次の瞬間、女性の姿を見て再び目を見張る事になった。 格好が、あまりにも凄かったのだ。 燃える様な赤い髪に真紅の瞳。身につけている服も全て赤だ。 生地は薄く、胸と下半身をわずかに覆っているだけである。 右足の方は裾が長く、左足の方に向かうにつれて長くなり、膝までの長さがある。 両腕に嵌められた篭手や、左腰から斜めに掛けられた輪は見事な金細工であった。 「あの・・・隣の女性・・・・・・」 隣に立っている女性が一体どんな人物なのかと思って、呆然としつつもその台詞を言う。 その瞬間だった。 綺麗なその人は微かに目を見張ったのだ。 大きな反応をした訳ではないが、その人が驚いたという事だけは分かった。 けれどまたすぐに表情を変えて、にっこりと微笑んだ。 「・・・ねぇ、ここで立ち話もアレだし、そこでゆっくりと話しない?」 その人が示した場所はちょっと歩いた所にある白いベンチだった。 見知らぬ人の突然の誘いにちょっと驚いたが、一にもなく頷いた。 この人がどんな人なのか興味があったからだ。 すぐに頷いた自分に気を良くしたのか、その人物はもう一度微笑む。 そして先にベンチの方に言ってくれるよう頼まれたので、心が浮かれているのを感じながら1人でベンチに向かった。 ここから本編の始まりです。 区切りのいい所で切っていくと、各ページ毎に量が違いそうですよね。 揃えたいと思いつつ変な所で切る訳もいかないので悩みます。 やっぱり凄い長い話になりそうです。 2005/2/9 |