夢篭 −ユメカゴ−
―――ひっ・・・くっ・・・・・・っ・・・ ・・・ふえっ・・・えぇー・・・・・・ん・・・ まだ小さい、幼子の声。 自分を呼び求める、大切な者の泣き声。 また母親か誰かに苛められたのかもしれない。 父親の歪んだ愛情のせいかもしれない。 それとも。自分と同じ夢でも見たのか。 早く行ってやらなくては。 そんな思いで足早に泣いている子供の元へ急ぐ。 部屋に入ると、小さな身体を更に小さく丸めて大声で泣く子供の姿。 侵入者に気付き、子供は大げさな位に身体を強張らせた。 その姿は余りにも、余りにも切なく可哀想なものだった。 こんなにも小さな子供が辛く苦しい目に合わされているのかと、 そしてそれを完全に守り切れない自分にやるせなさを感じてしまう。 恐怖を写し込んだ、大きなガラス玉の様な瞳が恐る恐るこちらを見上げてくる。 侵入者が誰だったのか分かると嘘の様に恐怖に怯えた表情を和らげた。 「・・・・・・」 そっと、呟くように子供の名を呼んだ。 すると見る見る大きな瞳に再び涙が溢れ出す。 泣き声を上げながら駆け寄る子供を、その場にしゃがみ込んだ自分はしっかりと抱き締めた。 目が覚めると、暗闇の中で横たわっていた。 突然の切り替わりについていけず、一瞬此処が何処なのか判らなかった。 視線だけをぐるりと見回せば、幾つもの白い光の珠がゆらゆらと漂っているのが見えた。 寄り添ったり、離れていく光の珠を見ながら、幻想的な世界だと思い至った所で此処が何処なのか悟る。 普通の人が見る夢の世界とは違う、本当なら眠っている筈の自分の深い深い意識の底。 「おはよう。目が覚めた?」 ぼんやりとしている自分の上から涼やかな声が聞こえた。 そして視界に広がる暗闇の中に暖かな光が差し込んだと錯覚する程の美しい顔が現れた。 視線を横にずらしてまともに見た姿は、本当に周りが淡い光に包まれているように見える。 自分と同じ、この不思議な世界へと入って来れる人物だ。 「昔の夢を見ているようだったから、ここで待ってたの」 何も言わない自分に気に触る事もなく彼は言葉を続ける。 「昔の夢って・・・見てたのか?」 他人の夢を見る、それは自分も彼も出来る事。 聞かれた彼はゆっくりと首を振る。 「何の夢を見ているのかと最初は覗いてみたけど、邪魔しちゃ悪いでしょ?」 「あぁ・・・そうだな・・・」 何処か上の空で返事をする自分に、彼は何とも言えない微笑を浮かべた。 過去の夢が、どんな意味を含んでいるのか知っているからだ。 今まで隣で座っていたのに、急に横になった自分の上に覆い被さってきた。 腰の辺りを挟むように開いた膝と、折れてしまいそうな華奢な腕が身体を支えるような姿勢だ。 下にいる自分と顔を合わせているので長い髪が細い肩から幾つも零れ落ちる。 まるで対照的とも言える自分と彼の髪が重なり合う。 それをちらりと眺めた後、小さな唇から憂いの言葉が紡ぎ出た。 「・・・ねぇ、一体いつになったら夢が叶うのかな?」 「あともう少し時間が経てば・・・」 「その夢じゃない」 実現も近い、と言おうとした台詞を彼ははっきりとした口調で遮る。 ゆっくりとした手つきで頬を撫でてきた。 「偽りの夢じゃない。僕と君の、お互いの本当の夢だよ」 その言葉に。一体自分はどう答えれば良いのか。 いいや、答えなど知っている。 けれどそれは言ってはいけない言葉。 「ううん。本当は分かってる。そんな事」 暫くの間沈黙が続いた後、彼はぽつりと呟いた。 「僕たちには、幾重もの鎖が巻き付いている・・・」 その時に浮かべた微笑みはこちらの胸をきつく締め付ける。 無言で自分は小さく頷いた。 そう。そうだ。 自分達の身体には見えない鎖が決して離れない。 その鎖はとても錆び付いていて。 断ち切ろうと思えば、きっとすぐにでも抜け出せる。 しかしそれが出来ない。 心の片隅に、ほんの少しでも抜け出したいと考えたとしても怨嗟の鎖がそれを許さない。 何よりも、自分や彼の立場が許さない。 特に彼は自分よりも裏切りが許される立場ではない。 「・・・・・・?」 頬に、何か温かい物が落ちてきたのを感じた。 そっと見上げると、彼は泣いていた。 認識した途端、彼は胸に擦り寄ってきた。 そのせいで表情が見えなくなってしまう。 「僕の本当の夢・・・」 消え入りそうな声で紡がれる言葉。 彼から視線を外し、静かに上を仰ぎ見た。 目覚めた時と同じ様にゆらゆらと漂う光の珠の群れ。 「・・・クリシュナの地位なんて、いらない・・・」 さらさらの長い髪に指を絡ませる。するりと簡単に指の間からすり抜ける。 「この身を縛る鎖を捨てて・・・」 何も言わずにゆっくりと髪に絡ませた手でその背中を下へと辿らせる。 「あの人のいない世界に未練なんて無い・・・」 その背に生えた純白の翼にそっと触れた。 「この世から消え去りたい・・・・・・」 叶わない夢を語る、祈りの声。 叶えてあげたくても自分に流れる血が許さない。 震える小さな背中を抱き締めてやる事しかできない。 悲しい位に儚い、嘆きの天使。 鎖を断ち切り、この天使を見捨てて真実の夢を見る事は自分には出来なかった。 傍に居てあげたい。 たとえそれが同情からくるものだとしても。 だから、それまでは、自分の本当の願いは南柯の夢。 うわあぁ・・・前回以上にさぼり過ぎ、自分。 えーと・・・実はこれサクラビトの続きともいえます。 あの話から更に時間が経った時代です。 クリシュナの心に負った傷は過ぎ行く時間に多少癒えはしても完全に癒える事はありません。 ただ彼は、ひたすらに死を望んでいる事には何ら変わりはないと言う事ですね。 最初、最後の言葉を荘周の夢、タイトルを胡蝶の夢にしようかと思ったんですが 微妙に内容と意味が合ってないんですよね。(この2つの言葉は同じ意味なのです) という訳でこっちを選んだという訳ですが・・・。 タイトルの言葉は辞書にこれだというのが載ってないので勝手に作ってみたり・・・。 とりあえず、終わりました・・・ 最後の終わりが微妙な感じな気がしますが、気にしなーい。 サクラビトと終わり方が同じじゃないかと言う気もしますが、これも気にしなーい。 |