バレンタイン




2月14日。
エリクールにとっては何の特別の意味も無いこの日、やたら張り切る2人がいた。
 「マリアさん!遂に今日ですよ」
大きな瞳に炎が燃え移っていそうな程真剣な顔で、ソフィアは右手を目の前のマリアに差し出した。
その手をがしっと掴んでマリアは力強く頷く。
 「えぇ、漸くこの日が来たわ・・・!」
お互い痛い位に手を握り合い、顔を合わせて笑った。
2月14日が地球では昔からバレンタインという行事が行われている事を、2人は勿論知っていた。
ソフィアはフェイトに渡す為、そしてマリアは3倍返しのお返しを貰う為に、 今日この日が来るのを待ちに待っていたのだ。
 「そうだ!ネルさんとアルベルさんも誘いませんか?」
 「・・・そうね。じゃあ、私はネルに声を掛けてくるわ」
手伝いは何人でもいる方がいいと考えたマリアは即座に賛成し、比較的探しやすそうなネルを 誘って来ると言って立ち上がった。 アルベルを誘って来る事になったソフィアは張り切った様にマリアに続いて立ち上がった。



宿屋の部屋から出たマリアは、真っ直ぐに近くの一軒家に向かう。
カルサアではネルのいる場所は大抵決まっていた。
今はシーハーツ隠密の隠れ家にいるだろうというマリアの考えは、合っていた。
入ってすぐに、ネルが部下と話しているのを見つけた。
 「マリア?どうしたんだい?」
普段大人びている彼女が珍しく楽しそうにしているのを見て、ネルは不思議そうに首を傾げる。
 「今、ちょっと時間空いてるかしら?」
 「今は部下の報告が・・・」
 「まあいいわ。一緒に来てちょうだい」
部下の報告があるから後にして欲しいと言おうとしたのに、マリアはその先を言わせなかった。
その言葉を言うと共にネルの腕を掴んで外へ連れて行く。
慌てたのは報告をしていた部下の方だった。
 「あ・・・ネル様・・・っ!」
困惑した声を、まるで当然のようにマリアは無視する。
抵抗する事を最初から諦めているネルは、報告は後でいいと言って、出て行った。

一方ソフィアは、普段色々な所にいるアルベルの場所の見当がつかず走り回っていた。
走り疲れて歩き出したソフィアは溜め息をつく。
その時前方に見覚えのある人物がウォルター邸の門から出てきた。
すらりとした細身の長身に、2本に括った長い髪。アルベルだった。
都合がいい事に、彼は1人だった。
ソフィアは顔を輝かせてアルベルに向かって走り出した。
 「アルベルさん!!」
門にいる風雷兵士に挨拶され、返事を返していたアルベルはゆっくりと振り返った。
そしてネルと同じ様に不思議そうに首を傾げて、どうした、と尋ねた。
 「アルベルさん、クリエイションの手伝いをしてくれませんか!?」
それを言う為だけに走って来たのだろうかと、更に首を傾げる気持ちだったが、 面倒臭いという気持ちの方が強かった。
 「何で俺が・・・。他の奴を当たれ」
 「いえ!アルベルさんじゃなきゃ駄目なんです!」
 「面倒・・・」
 「どーしてもアルベルさんに手伝って貰いたいんです!!」
ソフィアの勢いに圧倒され、アルベルは結局頷く事しか出来なかった。



 「何なんだ、これは?」
作業机に乗っている大量の割りチョコと、デコレーションに使うナッツ類が置かれ、 更にはマリアとネルの姿も見てアルベルは思わずそう呟いていた。
事情を分かっているのはソフィアとマリアだという事にも気付く。
壁に寄り掛かっているネルも、アルベル同様何が起こるのか分かっていない様子だった。
 「今日はですね、バレンタインなんです」
 「バレンタイン?」
何だそれは、と言う様にアルベルとネルは同時に鸚鵡返しをする。
 「バレンタインは好きな人にチョコとかを贈る大イベントなんですよ」
 「それじゃあ私に関係ないじゃないか・・・」
現在好きな人はいないという理由でこの場から逃げ出そうとするが、結局それは叶わなかった。
アルベルはクリフがいるので余計な事を言っても口達者なマリアに敵う筈がないと考えて、今の所何も言わない。
 「ネル。バレンタインは本命だけではなく、義理チョコというのもあるのよ」
 「義理、チョコ?」
 「そう!そして1ヵ月後に3倍返しのお礼を請求できるのよ!!」
 「はあ・・・」
1度大きく机を叩いてからマリアは拳を握り締める。
その様子から既にマリアはお礼として欲しい物を決めているようだった。
2人は同時にソフィアとマリアを交互に見た。
俄然やる気になっている2人を見て、これは絶対に逃げられないと悟った。お互い無意識に溜め息をつく。
諦めのついた2人に気付き、ソフィアはさぁ、始めましょうかと言っててきぱきと準備を始める。
作業は義理チョコしか作らないマリアとネル、そして本命にも作るソフィアとアルベルに別れて行う事になった。
 「アルベルさんはこの型を使って、私と一緒にケーキを作りましょうねv」
 「あぁ・・・」
こうなったからにはアルベルは素直に頷いた。
そしてソフィアの指示する通りに順調に作っていく。
1番料理レベルの高いソフィアと、それに次ぐネル、そして甘い物に関しては確実に実際の料理レベルより高い アルベルとマリアなので、作業は危なげなく進んでいった。
 「後は焼き上がるのを待つだけですね!」
オーブンに2つのケーキを入れた後、ソフィアは一段落ついた様にそう言った。
先程マリアとネルが作ったチョコも冷やし始めたので、後は片付け以外する事がない。
あれ程あった大量の材料が全く使い切ってしまった。
最初は気乗りしなかったネルも、出来上がりを楽しみにしているようだった。
そんな中、アルベルは何か考え事をするように焼き上がるのを静かに待っていた。



その日の夜、クリフはアルベルと同室の部屋で1人ベッドに腰掛けていた。
先程アルベルがここで待ってろと言い、部屋から出て行ってしまったのだ。
クリフはそわそわしながらアルベルの帰りを待つ。
夕食時に、ソフィア、マリア、ネルの3人からそれぞれチョコを貰い、今日がバレンタインという事を思い出したのだ。
状況から考えて、アルベルも何かくれるというのは明らかである。
何かしてくれるとは思ってもみなかったので嬉しさもひとしおであった。
暫くした後に、漸くアルベルが帰って来た。
その手には綺麗にラッピングされた箱がある。
アルベルは向かい合う様に隣のベッドに腰掛けた。
そして開口一番、
 「やる」
とだけ言ってその箱を差し出した。
嬉しそうにクリフはそれを受け取り、開けていいかと尋ねると、アルベルは小さく頷いた。
あまり細かい作業が得意ではない大きな手で、包装された紙を破かないよう慎重に開けていく。
じっと、それを見つめているアルベルに気付きつつも、クリフは箱を開けた。
 「すげー美味そう。アルベル1人で作ったのか?」
 「いや・・・。ソフィアに手伝って貰った」
 「そうか。なあ、今食っていいか?」
 「あぁ」
自分の予想以上に喜んでいるクリフに戸惑いつつも、アルベルは嬉しそうに頷いた。
ホールケーキなので一応カットしようと、ナイフか何かがないかと辺りを見回したクリフは、ふとある事に気付いた。
自分の正面に座っているアルベルが、左手に持っている何かを背中で隠しているのだ。
 「アルベル、左手に持っているのは何だ?」
目ざとくそれを見つけたクリフは何気なくアルベルに聞いてみる。
今までクリフの手元を見つめていたアルベルはそれを聞いて明らかに動揺した。
 「な、何もねぇよ・・・っ!」
慌てたようにそう言うが、その態度は怪しんでくれと言うようなものである。
 「何だよ、何があるんだ?」
それが何なのか気になり、アルベルの後ろを覗き込もうとするが、アルベルはそれを必死に隠す。
暫くの間、攻防が続いたが、クリフは段々焦れてきた。
 「襲うぞ」
アルベルの耳元で低い声で囁くと、びくりと反応してから大人しくなった。
そしてアルベルは溜め息をついてから渋々と左手に持っていた物をクリフの前に出す。
クリフは笑顔でそれを受け取りつつも、この言葉で素直になったアルベルを複雑に思ったりもした。
アルベルが左手に持っていたのは、やはりラッピングされた小さな箱だった。
しかしこれは、先程と比べて少し崩れているのは気のせいだろうか。
そう思いながらもクリフは同じ様に丁寧に開けていく。
中にあったのは、チョコケーキではなく今度はトリュフチョコだった。
ラッピングと同じで少し形がいびつだったが、クリフはそんな事気にしない。
 「これは?」
 「レイラに作り方を教えてもらって、自分で作った」
何故アルベルが2つ持っているのか気になって聞いてはみたが、素直に答えてくれないかもと思っていたのに アルベルはさっきの言葉に観念したのか至って素直に答えた。
 「レイラ?」
聞き覚えのない名前に、クリフは首を傾げた。
 「ウォルターの所にいるメイドだ」
アルベルの言葉に、クリフはあぁ、と頷いた。
ウォルターの屋敷の、アルベルが殆ど私室として使っている部屋によくいるメイドの事を思い浮かべた。
彼女もウォルターと同じ、小さい頃のアルベルをよく知っているので、アルベルは彼女にもあまり頭が上がらない。
 「ソフィアやマリアたちと一緒に作ったのに、何でこれを作ったんだ?」
 「アレは・・・殆どソフィアに作ってもらったようなもんだから・・・」
 「ふーん・・・」
内心嬉しく思いつつ、クリフはその1つを口に放り込んだ。
アルベルが好むような甘い味とは違い、甘味のないブラックチョコの味が口いっぱいに広がる。
酒もそれなりに混ぜたのか、結構酒が効いている。
甘い物が得意ではないクリフにとって、それは素直においしいと言えるものだった。
 「美味いな」
クリフはもう1つ口に入れながら、そう言った。
それを聞いたアルベルはほっとしたように笑う。
 「アルベルも食べないのか?」
クリフはチョコの入った箱をアルベルの前に差し出す。
考える素振りをするが、結局アルベルは首を振った。
 「いらねぇ。それはお前用の甘くないチョコだ。苦いからいらない」
 「勿体ねぇなぁ」
苦笑したクリフは1つ口に含んでから、アルベルにこっちに来るよう手招きした。
首を傾げつつもアルベルは素直に近寄る。
素早く伸ばしてきたクリフの手がアルベルの顎を捕らえて唇を奪う。
あっさりとクリフの舌がアルベルの舌を絡め取る。
2人の熱で段々とチョコが溶けていく。
完全にチョコが溶けてなくなり、堪能してからクリフは離れた。
 「これなら苦くないだろ?」
アルベルの顔を見つめながら、クリフはにやりと笑って言う。
 「・・・阿呆」
顔を真っ赤にして睨み付けるが、クリフには全く何の効果もなかった。






ニャーーーーッ!! ナニコノサイゴノアマアマ・・・!!
私もチョコと一緒に溶けてこのまま行方不明になりたいです・・・。

あぁ、しかしこのバレンタインは何とか間に合いました。
聖夜の時は思い切り時期が過ぎてましたので、今度はちゃんと間に合わせたかったのです。
早めに書き始めたとはいえ、他の事してたりサボってたりしていたので
結局当日ぎりぎりと言う結果になってしまいましたが;;

最初は割とあっさり軽めに進んでいたというのに、最後・・・(汗)
もはや私には甘々なクリアルしか書けないのでしょうか?
そして、私の書くアルベルは、どうも素直すぎます。
今度は女王様なアルベルにへたれクリフというのも書いてみたいです。

クリフは、今までバレンタインでは腐る程チョコを貰ってきたんだろうなぁと思ってます。
もしエリクールにもバレンタインがあったら、アルベルにあげたいと思う人は大勢いるんでしょうね!

ちなみに、ソフィアたちと作ったケーキも、その後勿論クリフはアルベルと一緒に食べた筈です。
勝手に名前を作ってしまったメイドの「レイラ」に教えて貰った方が、形がいびつなのは
作業から包装まで全部アルベルが1人でやったからです。・・・乙女チック(汗)


2005/2/14




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